バンブルビー通信

独学で英語を習得した勉強法を書いています ときどきドイツ語

”正しくあろうとする”人と”正しさを強要する”人がいるって話


スポンサーリンク

f:id:bbb_network:20131031222149j:plain

 

僕は高校卒業後、医療系の専門学校に進みました。

 

そこでは高校を出てすぐに入学するという人の方が少なく、ほとんどが大学を出た後だったり、脱サラをして第二の人生を目指すという目的で入学をしていました。その中には当然医療従事者の姿もあり、多様な人を見ることができましたね。

 

その中でとても印象に残っているのが、看護師と薬剤師という医療従事者の女性です。どちらも優秀で、正義感が強いタイプでしたが、全く正反対の姿を見せてくれました。

 

その時のことをふと思い出したので、紹介したいと思います。

 

過去問を見るか見ないかということ

その学校は新設校だったため、僕たちの上には1学年しか先輩たちがいませんでした。僕たちは第2期生だったんですね。

 

大学とかでは科目ごとに先輩から過去問を受け継ぎ、それで試験対策を立てるという伝統があるようですが、高校を出てすぐに入った僕はそういう慣例があることを知りませんでした。

 

とある科目の講師は1つ上の先輩たちの授業を受け持っていたので、その科目の中間テストの際、先輩に知り合いのいる人がどこからか過去問をもらってきました。医療従事者の2人は基礎科目だし、過去問はいらないといって自分で勉強をしていたんですね。

 

ところが、その中間テストには過去問がまるまる出題されました。過去問に飛び付いた生徒たちは満点、僕を含めた過去問を見なかった人たちは点数が低いという、その科目の中でだけ成績の逆転現象が起きました。

 

これに対して医療従事者のうち、1人が猛烈に怒りました。真面目に勉強していない生徒の方が点数がいいなんておかしいということです。もう1人の方は、淡々と「後で泣きを見るのは本人だから」と冷静でした。

 

問題がまるまる出題されたのは、中間テストだったからだろうということで、その場は収まりましたが、事件は再び、期末で起きました。

 

期末でまたもや過去問が出題された

次はさすがに過去問がそのまま出題されることはないだろうとは思いましたが、中間のことがあったので、僕も過去問を見させてもらうことにしました。例の2人はもちろん、過去問は見ていません。

 

そして期末が始まったんですが、その試験はまたもや過去問と同じ問題だったんですね。僕は過去問を見ていたので、満点を取ることができました。

 

ラッキーだったなと思っていたんですが、それに対して前回のテストで怒っていた女性が今度は猛り狂い、校長室と事務室に殴り込み、講師の怠慢を報告して回りました。

 

その結果、担当の講師が僕たちの前で謝罪をし、科目から外れることに。そして交代した講師が前以上にひどい教え方で、最後の期末ではかなりの人が科目を落としそうになるということになりました。

 

”正しくあろうとする”のか”正しさを強要する”のか

過去問を見ずに試験を受けたという点では同じだった2人ですが、その後の対応は正反対のものでした。1人は不正を許せず学校に抗議を行い、もう1人はただ淡々と自分のあり方に満足をしていました。

 

どちらの女性も正義という名の槍を心に構えていましたが、その矛先が違っていたんですね。1人はみんなが平等に正しくなくてはいけないという”強要”であり、もう1人は自分が正しくありたいという”信念”に向いていたんじゃないかと思います。

 

19歳だった当時の僕にはその違いも分からず、ただどちらも「クソ真面目」という風に映りましたが、社会に出てから考えると、同じ「正しさ」ということに対しても色々と違いがあるんだなと分かりましたね。

 

その”過去問を見て、試験で満点を取る”というのが間違っていることなのか、正しいことなのかは個々の判断に委ねられるところだと思います。実際の国家試験の時に苦労をするのは勉強をしなかった人なので、それをとやかく言うことではなかったような気もします。

 

その”自分が信じる正義”のために奮闘をした女性は、想像できるかもしれませんが、その後はクラスから疎まれ、とても寂しそうだったことを覚えています。

 

世の中に絶対的なことはない

僕の中ではこの2人の違いに答えを出せていませんが、思い返した時に僕が素直にカッコいいと思えたのは”正しくあろうとする”女性の方でした。

 

もちろん、正義のために奮闘した女性のような人がいなければ、悪が蔓延する世の中になってしまうかもしれません。でも、本当の悪って何なのかなとも思いました。

 

ベジタリアンにとっては牛肉を食べる人は悪ですし、ヨーロッパの人にとってはクジラを食べる人は悪ですよね。クジラを食べる人から見たら、犬を食べるというのは狂気の沙汰に見えるかもしれません。

 

何故か例えが食文化になってしまいましたが、それだけ僕の中ではこの2人の”正しさ”が消化しきれていないんだと思います。まずは、自分が何を正しいと感じ、何を間違っていると感じるのかを吟味したいですね。

 

いつか消化をすることができたら、その時に改めて記事として書きたいと思います。

 

それでは、また。