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バンブルビー通信

独学で英語を習得した勉強法を書いています ときどきドイツ語

出身中学校の不良はキュウリをバトンに部活対抗リレーに出場してたって話。


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出身中学校が県内で一番荒れていたという、体調わる子さんの以下の記事を読みました。

 

出身中学校が県内一で荒れていたって話。 - 体調わる子の毒吐きブログ出身中学校が県内一で荒れていたって話。 - 体調わる子の毒吐きブログ

おいらの出身中学校は荒れていた。

市内で有名どころか、当時は県内でも中学校名を出すと「あ、ああ...。荒れてるとこでしょ」と言われるレベル。...

 

 実は同い年であるということが先日分かったばかりなので、僕が部活動に燃え、血気盛んに校庭で「ウェーイ」と声を出していた時に、別の中学校では血で血を洗うような抗争が勃発していたというのはにわかには信じがたいことです

 

不良はどこにもいると思いますが、そんなに廊下を原付で走ったりガラスを割るような輩はいませんでしたね。それに加えて僕はその時まさに中二病だったため「世の中の汚いところは見たくない」と考えていて、あえて不良だと思う人たちを見ないようにしていたということもあり、驚くほど不良に関するエピソードが見つかりませんでした。

 

ただ1つ、ふと思い出した記憶があります。それは、不良っぽかった友人がなぜか運動会の部活対抗リレーにチームを作って参加をしたことです。しかも、バトンはキュウリでした。

 

部活対抗リレーにはネタの部とガチの部があった

これは僕たちが3年生になった時、突然行われることになった競技です。クラス全員で走る学年別リレー、クラスから4人ずつ選ばれて走る代表リレー、そして部活対抗リレーの3種目。

 

僕はスタミナは絶望的でしたが、短距離は得意だったこともあり、その全てに参加しました。部活対抗リレーは実際、どんな名前だったかは覚えていませんが、ネタの部とガチの部というように2種類が用意されていましたね。

 

部活対抗リレーのネタの部

ネタの部は例えば家庭科部が調理道具をバトンにして走ったり、演劇部がドレス姿で走ったりといった感じです。ネタなので、あくまでも楽しさが売りなんですね。テニス部という体育会系の部活でも、ラケットでテニスボールを弾ませながら走るなど、楽しみ方は色々でした。

 

部活対抗リレーのガチの部

一方、ガチの部は本当にガチのリレーでした。それこそ各部活から代表リレークラスが出てくるわけなので、もう熱気ムンムンです。優勝候補は我らが野球部とサッカー部で、他にはラグビー部と卓球部、体育教師チームというのもありました。

 

ユニフォームに着替えて走るので、それぞれの部活の沽券をかけた”負けられない戦い”がそこにはあったわけです。そんなバリバリの体育系チームに紛れて、参加を表明した奴らがいました。それが、不良の友人をリーダーにおいた帰宅部です。

 

部活対抗リレーのバトンがキュウリ

その友人は、不良というよりはヤンチャという方があっていたのかもしれません。

 

当時の僕は今よりもさらに視野が狭かったので、授業を真面目に受けない=不良というような図式が頭にあり、その友人は立派な不良として見なしていました。ですが、なぜか床屋が一緒だったこともあり、気がつけば友達になっていたんですね。

 

その友人は中学生ですでにサーフィンをしているような感じで、もともとはサッカー部でしたが、結局辞めて帰宅部になっていました。そんな彼が、部活対抗リレーに帰宅部としてエントリーしたと言った時はみんなで盛大に笑わせてもらいましたね。

 

帰宅部のユニフォームはもちろん制服で、バトンはなぜかキュウリでした。不良らしく、家の冷蔵庫からかっぱらってきたんでしょう。まだ新鮮でした。

 

みんなユニフォームを着ている中に、ワイシャツと腰パンの友人は僕たちよりも明らかに目立っていましたね。その時の友人は、とても輝いて見えました。

 

バトンのキュウリが折れた

スタートの合図が鳴り響き、部活対抗リレーはスタート。キュウリの耐久性は思ったよりもなかったようで、最初のコーナー近辺でキュウリの上半分は脆くも吹っ飛びました。

 

折れて短くなったキュウリを握り、残りの帰宅部のメンバーにバトンをつなぐ姿はとても美しかったですね。そんな根性があるなら、部活を続ければよかったのにと思わずにはいられなかったです。

 

僕がアンカーとして走らせてもらい、何とか野球部が1位を取ることができましたが、拍手は僕たちよりも帰宅部に向けられていたと今でも思っています。あの瞬間、不良の友人がヒーローでした。

 

狭い了見で生きてきた

かつては部活対抗リレーを題材に小説を書こうと思ったくらい、この帰宅部の活躍は羨ましかったです。ウォーターボーイズみたいに、ゴー・ホーム・ボーイズみたいなタイトルにしようかと。

 

ですが、記憶は時と共に薄れゆくんですね。こんなに楽しかった思い出を、かれこれ10年近く思い出すこともありませんでした。

 

ブログを書いたり、読んだりすることで、そうした大切な記憶をログとして残しておくことができるんだと、改めてブログを書いていてよかったと思いました。また、今から振り返ると、ほとんど不良じゃなかったんですね。

 

僕と価値観が違っていて、だからこそ異質なものを不良というくくりで見ていましたが、それはみんなが普通に中学生を満喫していて、僕が卑屈で偏屈だったからなのかもしれないなと。今は少しは視野も広がっていると思うので、少しは成長できたのかもしれません。

 

せっかくブログを書いているので、今後も記憶をログとして残していきたいですね。

 

それでは、また。