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バンブルビー通信

独学で英語を習得した勉強法を書いています ときどきドイツ語

肩の力を抜いてブログを書く ウェブにログを残しておくという考え方


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本日は土曜日で仕事が休みだったので、のんびりと過ごしていました。

 

予定では午前中に記事を更新する予定でしたが、どうにもこうにもネタが思い浮かばず、時間だけが無情に過ぎて行きました。それというのも、先月はホットエントリーに入った記事を何本か書くことが出来ていたので、今月もホットエントリーに入るような記事を書かなくてはという気になってしまったんですね。

 

そのため、肩に力が入り過ぎ、何を書けばいいのかが分からなくなってしまいました。ブログとはどうあるべきかということを考えたましたが、先ほど思ったのがブログというのは単に「ウェブ上に残すログのこと」であるという考え方です。

 

ウェブ上にログを残しておく

ブログを書くということは、自分の思考や体験をウェブ上にログとして残しておくということなんですよね。ついつい面白い記事を書かなくてはならないとか、役に立つ記事を書かないといけないというように肩に力が入ってしまっていたため、記事を思うように書き出せない状態でいました。

 

ですが、ブログは読む人のためにあるとか書く人のためにあるとか色々と意見はありますが、突きつめていくとブログは単にウェブ上に残されたログのことで、だからこそブログと呼ばれているんだと思います。

 

バガボンドで武蔵も「剣の意味を考えすぎた」というようなことを言っていますが、まさにそんな気がしました。刀というのは「人を斬るためにある」ものですが、それを使う人によって美術品としての刀になったり、人を殺めるため、または守るためなど、色々な意味合いが付加されていきますよね。

 

バンブルビー通信も当初の予定では海外ニュースとライフハックを中心にということでしたが、最近は雑記がメインになっています。僕はブログというのは読む人のためにあるものだと考えていたので、なるべく役に立ったり面白いような記事だけを投稿して行かなくてはと自分ルールを創っていました。

 

ですが、ブログというのはログであるということを考えると、こうして記事にするネタが浮かばないからと土曜日の午前中を無駄に過ごしてしまった自分の記録を残しておくことも意味があるんじゃないかと思います。この先にまたブログは読む人のためにあるべきだと入れ込んだ時、今日のことを思い出すきっかけになるかもしれないので。

 

また、もう1つ考えたことに記事数というのがあります。

 

150記事書くとブログは魂を持ち始めるらしい

以前に50記事達成の記事を書いた時に少し触れましたが、僕が意識している数字の区切りに150記事というのがあります。

 

これはまだ僕がイギリスにいた時、ブログの更新について考えていた時に読んだ記事の内容に興味を持ったことがきっかけでした。いわく、ブログは150記事書くと変化が起きるということでした。

 

以下、リンク先の記事からの引用です。

 

開設当初は大変な苦役でした。長々と時間をかけて丹念に作り上げた記事も大した出来になりゃしない。ろくに歩こうともしなけりゃ、立ち上がろうとすらしない。「ちぇ、馬鹿にしてやがる」って言葉を口癖に、毎日ブログのネタ探し。ブログの首に鎖を付けて、ヒィヒィ言いながら一生懸命このブログを引っ張って来ました。

これは誰もが経験していると思います。開設からいきなり人気なブログというのは無名のブロガーではまずありませんよね。

 

私が必死に引っ張っているつもりだった首の鎖も、いつしか立場が逆転し、鎖を掴んでいる私の方が”彼”に引っ張られる事すらあります。「汝、アレを見てみよ」「汝、ソレを調べてみよ」ってな具合です。

それが150記事を達成すると、徐々にブログの方が自分を引っ張っていくということです。これは以前のWordPressで運営していた時にも少しだけ経験しましたが、検索エンジン経由でのアクセスが増えたのもそのくらいの時でした。

 

はてなブログを利用するようになり、多くのブロガーと交流を持ちながらブログを書いているので、今回はその成長をより実感できるんじゃないかと楽しみにしています。まだまだバンブルビー通信にはこの記事を含めて79記事しかないので、これからどのように成長して行くのかがとても楽しみです。

 

ブログに意味を求めすぎず、肩の力を抜いて、今後も記事を投稿していきたいと思いました。

 

それでは、また。