バンブルビー通信

独学で英語を習得した勉強法を書いています ときどきドイツ語

当たり前のことをやる 自分の中から「戯論」(けろん)を排除したいと思った話


スポンサーリンク

http://www.flickr.com/photos/7752651@N05/14159361421

 

英語を猛勉強していた時、海外の教材もいろいろと調べていました。

 

英語を独学で学んだ先駆者たちのレビューを参考にしていると、よく目にしたのが「日本の教材はいかにして楽に習得できるかを訴える」という言葉です。確かに、聞き流すだけで英語が話せるようになるとか、英語が一週間でいとも簡単に話せるようになるというようなキャッチコピーが多くありますよね。

 

英語だけに限らず、ダイエットやお金儲けについても同様で、いかに楽をするかということが強調されているものは数多くあります。こういったように「勉強しないで英語を話せるようになりたい」というような考え方のことを、「戯論」(けろん)と呼ぶそうです。

 

世の中の理に反すること

仏語。無益な言論。無意味な論。

仏語と書いてあるのを見て、フランス語かと一瞬勘違いしてしまいましたが、これは仏教用語のようです。

 

先ほど挙げたように、物事というのは当たり前のことを当たり前にやることが結局近道なんじゃないかと思います。英語が話せるようになりたければ必要な語彙や文法知識を吸収し、話す努力をするということが王道ですし、ダイエットも有酸素運動をして食事制限を行えば痩せるということは誰にも明白なことです。

 

それでも、勉強しなくても英語が話せるようになりたいとか、運動したくないしお腹いっぱい食事をしたいけど、痩せたいというようなことを無益な言論であると呼ぶそうです。

 

これはどんなことにも当てはまるんじゃないかと思います。日々の行動は変えたくないけど人生を変えたいというような願望や、相手には変わって欲しいけど自分は変わりたくないというのも戯論になるんじゃないかと思いました。

「喜怒哀楽」の怒を無くし、努力をして「喜努哀楽」にしたいと思った話 - バンブルビー通信

 

新人に対することはまさにその通りで、僕は自分を変えるよりも相手を変えようと思った結果、ストレスになってしまいました。今はある意味で新人に対して変わってもらいたいという期待がなくなったので、そういったストレスも無くなりました。

 

相手を変えるためにはまず自分が変わる。

英語を話せるようになるためには勉強する。

ダイエットを成功させるためには食事制限をする。

人生を変えるためには自分自身と日々の行動を変える。

 

このように、当たり前のことを当たり前にやるということを意識していきたいと思います。

 

それでは、また。

photo by carnagenyc