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バンブルビー通信

独学で英語を習得した勉強法を書いています ときどきドイツ語

「喜怒哀楽」の怒を無くし、努力をして「喜努哀楽」にしたいと思った話


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http://www.flickr.com/photos/99312118@N07/13315639515

 

先日から何度か記事にしているように、現在新人への教育について悩んでいます。

新人教育ではアメが先かムチが先か それが問題だ - バンブルビー通信

 

こちらの記事を書き終えた後、それでも僕はどうしてもやり場のない憤りを感じていました。人に対してここまで憤りを感じることが久しくなかったので、この鉛を飲みこんだような胸の重さと息苦しさが非常に辛かったですね。

 

チームリーダーと話し合ったところ、全く話が噛み合わず、余計にもやもやとしてしまいました。そこでチームリーダーの1つ上の職責であるグループリーダーに時間を取ってもらい、話をしました。

 

チームリーダーとグループリーダーの意見は異なっていた

先日のチームリーダーの話では、僕の教え方が急ぎすぎているということを強調した話になっていましたが、実際には違ったニュアンスだったようです。それは新人がここに来てモチベーションが目に見えて低下し、ミスを重ねるようになってきたので、もう一度基本に立ち返って教えるべきではないかという意味での「急ぎ過ぎ」だったということでした。

 

また、チームリーダーは現在僕しかできない業務があることを問題ないと言っていましたが、それも間違っていて、グループリーダーとしては一刻も早く僕の業務をある程度はメンバーが出来るようにしたいということでした。

 

チームリーダーがこれほどグループリーダーと意見が異なっているのに、先日の話し合いでは両者の意見が一致しているということを言っていたことが改めて不思議でした。

 

45分ほど話を聞いてもらい、おかげで僕の胸に沈んでいた重さもすっかり無くなり、気分一新で業務に臨むことができました。その話し合いの中で、グループリーダーが話していたことに影響を受けたことがあります。

 

喜怒哀楽の怒を無くすこと

グループリーダーはとてもおっとりとした雰囲気の人ですが、とても頭が切れる人で、さらに見ていないようでチーム内を見ているという人です。僕はそのグループリーダーを尊敬しているので、話し合いはとても有意義な時間となりました。

 

そのグループリーダーは、若いころはとても怒りっぽかったそうです。20代前半の頃に、怒るということで自分が損をしていると思ったらしく、そこから意識をして怒らないようになったということです。

 

相手が理不尽な態度だったりしても、それに対して怒るのではなく、なぜ相手はそういう態度をしたのか、それをどうしたら変えられるのかというような目線で物事を捉えるようにしたということでした。

 

その話を聞き、僕も怒を無くせるようにしたいと思いました。ただ、僕の場合は喜怒哀楽の怒を無くすだけではなく、努力をするということで喜努哀楽にできたらいいんじゃないかと思いました。

 

怒りは必要ないけど努力は必要

僕のブログの中では、努力していきたいというような表現をよくしていると思います。

 

喜怒哀楽から怒を無くして喜哀楽になっても、今の僕だったら人間としてまだまだ足りないところが多すぎるんじゃないかなと。そこで、怒りを努力の努に変えて、喜努哀楽にしたいと思いました。

イライラしないために 他人に期待をしすぎないという生き方 - バンブルビー通信

 

期待をしすぎず、相手の態度に怒りを覚えるのではなく、どうやったら自分や状況を変えられるのか。そういうことを努力していけるようになりたいと思います。

 

それでは、また。

photo by @lattefarsan